投稿日:2006-05-26 Fri
ひさしぶりに「戦争のつくりかた」を読みました。この本は早くに出すぎたのかも知れません。
今冗談のようなやりとりで国会が運営されています。
「子どもが荒れたのは教育基本法のせいだ」とか、むちゃくちゃ。
でも「教育基本法改正案」は冗談ではなく、ひどい内容です。巧妙に書き換えられて、元の教育基本法と同じような内容でちょっと詳しく書いてあるだけのように見えるけれど、「国家に対する命令」という憲法の精神を踏みにじり、「国家が国民に命令できる」という内容になっていて、それを地域・社会・家庭の隅々にまで行き渡らせる内容になっています。
その内容は「教育振興基本計画」として、時の「政府」が決めるものになっています。
本当にひどい「改悪」です。
不安の時代だから、みんなどうしていいかわからないけれど、こういう方向に時代を進めるべきではない。教育基本法という、国の土台を、不安に狂ったヒステリックでニヒリスティックな官僚や政治家にむちゃくちゃにはされたくないです。
それも国会終盤の短い時間で「特別委員会」という特例の委員会を設けて、スピード審議で通そうとしている。会期延長さえ必要ないという傲慢な態度。(もちろん審議未了で廃案で良いのですが)
今回の「教育基本法の改正案」ひいては「憲法改正案」は、小泉政府=新自由主義者の進める「小さな政府」の路線にもピタリ標準があっています。
「小さな政府」は地域・家庭の復活なくしてはあり得ないものです。だからこそ、昨年「食育基本法」という、これまた「国家に対する命令」である憲法の精神とはかけ離れた「国家の命令書」が制定されました。教育基本法の改正案も、だからこそ第2条を「方針」という自由な教育を目指す方向から「目的」という愛国心も含めた20を超える徳目をあげ、この第2条を下敷きに学校教育および教員・社会(地域)教育・家庭教育まで踏み込んでその徳目を強制するものとなっていて、第13条ではそれを踏まえて学校・家庭および地域の相互の連帯協力が定められています。またそういった「中間集団」を作って国で管理しようとするのですか?これは一つの全体主義宣言ですよ?
この中間集団全体主義は既に東京では行われている。改正案の第2条の徳目は現行学習指導要領に準拠したもので、その実践が日の丸・君が代を斉唱するかしないかで大揉めに揉めるくだらない東京都教育委員会の「監視」指令と大量の処分です。障害児学校で起立を求めるために、一人では立てない子を無理やり抱き起こさせる。一体誰のための卒業式なんだ?
国会で問題になった「通信簿に愛国心」も、今朝の毎日新聞では福岡だけではなく埼玉でもいくつかの学校で実施されていたそうです。それはそう、だって学習指導要領に書いてあるんだもの。
この全体主義は「静かな全体主義」です。東京の学校でそんなひどい事件が起こっていたこと、ほとんどの方は知らないでしょう?
第二次世界大戦期、ユダヤ人収容所の近隣住民は中で何が行われていたかうすうすは知っていたけれど、知らない振りをしていました。その無関心ぶりもともかく、公式に発表されずにやられるんだから、わからない。
国会では「強制はやらない」と言った。けれど、小坂文部大臣は今日の答弁で、
>「教育長会議や学校長会議などの場を使い、適切な指導が行われるよう通知していく」と述べ、改正法成立後は「愛国心」の適切な指導を学校側に徹底していく考えを示した。(時事通信)
考えていることは見え見えなんですよ。
やれるときだからやってしまおう、そういうレベルの問題ではないですよ、これは。
今するべきは教育基本法の精神を生かす教育でしょう。
拙速な教育基本法の改正反対。共謀罪も、国民投票法も反対。その上で、これから日本がどのような国作りをしていくのか、真剣に考えていきましょうよ。
街に出たってほとんど知られていない状況で国のやり方を根本から変えよう、それも「なぜ今か」という質問にまともに答えられないような状態でやってしまおうなんて舐めすぎです。
こういう地域・家庭・学校丸抱えの状態を作れば、何が起こるかは明白です。戦前も、スターリニズム下でも、文革でも、ボスニア内戦でも、たまたま権力を振るえるようになった三下がノリノリになって他人を吊し上げ、その貧困な精神を充足させるのです。
怒鳴らなきゃ相手にものを伝えられない人間なんて最低ですよ。その最低の人間が「えらい」人間になる。教育基本法の改正案が意図する地域・家庭・学校がそういうものでない、という言い訳は立ちません。
そういう上にへつらい下に横暴な卑屈な人間が生き生きと他人を苛めて作られたヒエラルヒーが寄り集まって国家権力への従属となるのですから。
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